ヒェッ……1か月ぶりの更新とかエタりすぎやろ……

 弱い自分が許せなかった。何も出来ない自分が悲しいくらいに許せなかった。もっと力があればと何度願ったことか。

 小さい頃から、魔法少女が憧れだった。不思議な力を使って困っている人を助けることができるヒーローのような存在、男が憧れるにはちょっと場違いなところがあるかもしれないけれど、可愛らしい存在が誰かを助けるために懸命に闘っている姿は男の子である自分でもすごいものだと思えて。

同じような気持ちでいた彼女からすれば不純な動機でいたかもしれないけれど……こんな魔法少女に自分もなることが出来ればと思ったことは決して嘘ではない。叶うことはないと分かっていてもそう思うこと自体に間違いはないと信じているからこそだ。

 だから、魔法少女に、ラ・ピュセルに、自分自身がなれたことを知った時は本当に嬉しかった。戸惑いは当然にあったけれど、自分が誰かを助けることができる魔法少女になれたこと、率直にとてもうれしかった。

 普段は男の身体で、変身をすると女の子の身体、自分でもどっちがどっち何だかよく分からなくなって、最初のうちは自分の中の境界線というモノが曖昧になって苦しんだこともあったけれど、結局根幹である「ボク」というモノ自体に変わりはないんだと理解してから、苦しく思う事もなくなった。

 普通の男である僕と魔法少女であるボクは変わらない。だから、自分の本当にやりたいことをやればいいんだと無邪気に役割をこなし続けた日々の中で彼女と再会した。

 姫河小雪―――スノーホワイトという魔法少女は、昔、別れた頃から変わっていなくて、年を経ても過去に願っていた純粋な想いを忘れることなく、それを叶えるために魔法少女になったのだと笑っていた。

 その誓いが綺麗だと率直に思った。

彼女のことを好いているかどうかと聞かれれば好いているんだろう、間違いなく。でも、それだけじゃないんだ。子供の頃からずっと思い描いている自分の理想の魔法少女としての姿、それをずっと自分の中ではっきりと形にしていて、魔法少女になった時に、しっかりと理想なんだって言うことができる彼女の姿が、心の在り方がとても綺麗なんだって思う事が出来て……、彼女の心が曇ることだけは見たくないって思ったんだ。

 魔法少女同士が互いに互いを潰しあう、そんな理想の魔法少女とはあまりにもかけ離れた戦いに巻き込まれたとしても、彼女は誰かを蹴落とすようなことは絶対にしないと決めていた。

誰かを助けることこそが魔法少女ならば、誰かを助けることによって自分たちの在り方を示していくべきだと告げる彼女の姿は……、安直に誰かを潰してしまえば生き残ることができるんじゃないかと心の中で暗い感情を浮かび上がらせていた自分の心を諌めることが出来た。彼女の前でそんな間違った行動をとりたくない。

 できることならば、彼女を守り通すことができる騎士のような存在になりたい。そんな風に思い描いて、共に歩んで、きっとこれからも自分たちは協力して魔法少女を続けるんだって馬鹿みたいに、そんな未来がきっと来るんだって信じていた。

 その結末が自分ではなく彼女の死であったというのだから笑えない。騎士として彼女を守り抜いて死んでいくとか、成長した彼女が自分を助け、一緒に戦うとかそういった華々しい展開があったわけでもなく、想像しうる限り、最悪の展開が生まれたと言うのだから、笑えないのもいい所だろう。

 ……何もできない自分が嫌だった、いいや、何一つ自分の理想を叶えることもできないこんな現実をぶち壊してやりたくて仕方がなかった。八つ当たりのような行動であったとしても、小雪の為にと口にすればそれだけで大義名分が成り立つように思えた。

 ルーラにしても、あの16人目の魔法少女にしても、あいつらが余計なことをしなければ小雪は死なずに済んだ。そう叫んでいれば自分の行動の総てが許されているように思えた。

 誰かを失ったことを免罪符にして、誰かを傷つける。それがどうしようもなく自分が目指してきた魔法少女や騎士とかけ離れた場所にいるのだとしても、それを埋め合わせるだけの理由が存在してしまっているからこそ止まれない。

 誰が何を言った所で止まれない。小雪と同じ姿をした相手であったとしても、それで止まる理由なんてどこにもない。だって……もう小雪はいないのだから。他の誰かが小雪がいた場所に入りこんだとしたって、それが姫河小雪を取り戻したことにはならない。

 そう、一度失ってしまったら、もう帰ることはできないのだ。喪失の痛みを一度でも覚えてしまったら……もう二度と、元の日々に戻ることはできない。

 戻ることはできないと言うのに……

「ハッ、何よそのへっぴり腰は。貴方、そんなナリで小雪の騎士を気取っていたの。笑ってしまうわね。どっちが相応しくならなくちゃいけなかったのか、もっとよく現実を見据えた方がいいんじゃないかしら!」

「だ、黙れェぇェェェェ!!」

 まるで透き通った深海の底、足下は透明なガラスのような足場が延々と続いた一面、蒼に覆われた世界の中で、ラ・ピュセルはメルトリリスと対峙する。

 本来、SE・RA・PHで粉々に砕け散ったはずの彼女がこうして存在しているのはBBがメルトリリスの魂の一部をキューブに保存することによって、万が一の状態のときに使用するためであった。

 BBが本来想定していたもしもの場合とは言うまでもなく、以前のビーストとの戦闘の時のように、カルデアの力が全く通用せずに、全滅の可能性すらも出てくるような戦場を想定してのことである。

メルトリリスの力を限定的にしか使用することが出来なかったとしても、最初の奇襲を成功させるだけでも状況が大きく変わるかもしれないとなれば、それを切り札として持っておくことには意味がある。

 そう考えていた。しかし、あえて、BBはその切り札であるメルトリリスをラ・ピュセル相手に切った。単純に彼を倒すだけであれば、BB自身が手を下せば何ら怖れることなく勝利を掴むことができるだろう。ラ・ピュセルは魔法少女としてはそれなりに戦えるし、怒りによって覚醒を果たそうともしているが、それでもBBにとって苦戦するような相手では決してないだろう。

であれば、どうして彼女がここで、メルトリリスを解放することを選んだのか……

「まったく、本当はメルトに手柄を横取りされるようなこと許さないんですよ。センパイの相手は私がすると決めていたんですから!」

 口からは自分で解放したはずのメルトリリスに対する愚痴までも零す始末。ただ、それでメルトを引っ込めようとするかと言えば、そんなことはせずにキューブの中で繰り広げられている戦いをただ見守るばかり。BBが手を出さないと言う時点でこの戦いがメルトリリスに任せるべき戦いであることを意味している。

「まぁ、でも、きっと私よりも小雪さんのことをよく理解しているあの子でしょうから。彼を説得するために一番適役なのはメルトリリスでしょう。ま、グレートデビルなBBちゃんにはよわっちい人間の気持ちを理解するなんて難しいこと過ぎますからね!」

 この特異点を突破するに当たって、スノーホワイトとクラムベリーの戦いは避けられないモノであるとBBも悟っている。

他の魔法少女たちではクラムベリーを御することは戦力的にも心情的にも不可能であろうと分かっているからこそ、その特権を持っているのは主人公であるスノーホワイトを置いて他にはいないと考えている。

 しかし、当然のことながら、スノーホワイトだけではクラムベリーを倒しきることはできない。彼女を支え、彼女と一緒に戦ってくれるだけの存在が隣にいてくれなければ、クラムベリーに御することは不可能であろう。

 その役目を果たすのはバードゴア・アリスでありラ・ピュセルだ。今のスノーホワイトの在り方に最も影響を与えた者たちであるからこそ、彼女たちの存在こそがスノーホワイトの力を最大限にまで高めるとBBは判断したのだ。

(実際、真正面からの戦いでセンパイがクラムベリーに及ぶなどとはさすがに私も考えてはいません。ファルさんから見せてもらった情報を見ても、クラムベリーは明らかに強い。あのプキンやソニア・ビーンと並び立つ強さでしょう。それに対してセンパイが真っ当に戦うには、どうしたって一人では荷が勝ち過ぎている)

 だからこそ、ラ・ピュセルとスノーホワイトを同じ方向に向かわせることがどうしても必要になる。それがなければこの特異点を突破することは実質的に不可能であるとBBは考えているのだから。

(とはいえ、この特異点、なんだかおかしいんですよねぇ。センパイがいなくなったことによって発生した特異点、そういう風に考えることもできるわけですけど、センパイがそんな特異点に影響を及ぼすような存在であるとも思えないんですよねぇ)

 スノーホワイトが脱落してしまったことによって歴史が変わった世界、というよりももっと大きな何らかの変化がこの世界に生まれているのだろうか。

(あるいは、クラムベリーが生き残ってしまったから、とか。ただ、どちらにしても聖杯の気配を感じられない。まるで、これまでの特異点とは全く違う法則によって動いているようなそんな感じがしますね……)

 巻き込まれた流れも手伝って、この特異点には不可解な点が多すぎる。起こっている出来事自体はとても小規模なモノであるとは分かっているが、逆にそれが隠れ蓑になってしまっているのではないだろうか。七つの特異点を解決し、六つの亜種特異点を突破してきたカルデアがこれまでに経験してきた何もかもが通用しない世界。

(分かることは唯一つ、クラムベリーという存在をこのまま放置しておくわけにはいかないってことだけなんですよねぇ。放置しておけばこの街の魔法少女たちが全滅するのは目に見えています。それを打開するためにも、頼みますよ、メルト……!)

 メルトリリスとラ・ピュセルの戦闘は何ら面白い変化が起こるわけでもなく、メルトリリスの優勢によって状況が固定化されてきていた。

 如何にキューブに保存された力だけで戦っていると言っても、女神の力を核としたハイ・サーヴァントであるメルトリリスに発展途上のラ・ピュセルが勝てる道理は何処にもない。当たり前のように蹂躙され、当たり前のように敗北するのが関の山である。

 しかし、そんなことはBBにとってもメルトリリスにとっても当然の事なのだ、主題はそこにはない。

「こんなものなの? ねぇ、なんとか言ってみなさいよ。壊すんでしょ、復讐するんでしょ! 自分の大切にしていたものを全て振り切ってでも、復讐するために全部ぶっ壊すって決めたんでしょ! だったら、それを果たして見せなさいよ、言われっぱなしで黙っているなんて、随分と優しいのね」

「うるさい、今から叩き潰してやるところなんだ」

「あらそう、でも、貴女に私を捕まえることができる? ここは私のステージ、湖上の白鳥を捕まえることが、竜にもなれないトカゲもどきに出来ると本気で思ってる?」

「僕は、竜の騎士だ。守るべきものを失ってしまっても、それでも僕はトカゲなんかじゃない!」

剣を振い、同時にメルトリリス目掛けて次々と細かく零れた刀身の欠片たちが向かっていく。全方位から同時に迫ってくる攻撃に対してメルトリリスは怖れる様子を浮かべることもなく、次々とその刀身の迎撃を果たしながら、ラ・ピュセルとの舞踊を続けていく。

メルトリリスに翻弄されるその様はまるでダンスのようだ。メルトがリードをして、ラ・ピュセルがそれに合わせて踊っている。そんな風にすら見えてくる。無論、戦っている自分が一番よく理解しているだろう。戦闘を続ければ続けるほどにラ・ピュセルの苛立ちは止まらない。

「どうしてだ!」

「貴女が私に敵わない理由のことを聞いているの? そんなの、私が強いからに――――」

「違う、そんなことは言われなくても分かっているよ!僕が言っているのは、どうして勝てるのに弄ぶんだ!! お前なら、僕の事なんて最初の数回で倒すことが出来ただろうが!!」

 吼える言葉はラ・ピュセルからすれば惨め極まりない言葉だった。いくら自分が強くなったと過信していたところでわかる。目の前の相手は自分とは隔絶した強さを持っていて、どう足掻いても、自分がどんな力を使っても勝つことが出来ないのだと。

 いいや、目の前の相手だけではない。ルーラを襲った時もダメだった、アリスも殺せなかった、何よりも……自分が守らなければならない対処であると考えていたスノーホワイトと全く同じ姿をした存在にすらも土を付けられかけたという事実。

そのどれもがラ・ピュセルの、岸辺颯太という少年の心を傷つけるには十分すぎるだけの意味があった。

「情けでもかけているつもりか? それとも、僕を嘲笑いたいのか? なんなんだよ、なんだっていうんだよ!! 僕だって誰かを助けたいのに、護れる魔法少女に、騎士になりたかったのに!! そうなることができないのならいっそ―――」

「楽にでもしてくれと? 甘ったれるんじゃないわよ!!」

 ドンとラ・ピュセルの身体が思いっきり吹き飛ぶ。鉄のヒールによって蹴り飛ばされて、思いっきり口から血を吐く。けれど、その吐きだされた血は自分が戦っていると言うことの証明であるようにも思えて、ほんの少しだけ心地よかった。

「ほんっとに、あんたは何も見えていない。見ているようで周りのことを全然見ていないわね。小雪が可哀相、むしろ、あいつに見る目がないんじゃないかしら。思い出による美化だってここまで来たら擁護不能よ。顔を合わせなくてよかった。どんな罵声を浴びせていたかもわからないじゃない」

 そして、そんな自分を吹き飛ばし、罵声を浴びせている相手は楽しんでいるわけでもなく、むしろ怒りを滲ませているような様子だった。

期待外れ、不甲斐ない、そんな敵対する者に浮かべることがどこまでもおかしいような感情を向けていることが不思議でならなかった。

「情けでもかけている? ええ、そうかもね。貴方のようなグズを呑み込んだところで何にもならないもの。自分の目の前で起こっている出来事から目を逸らしてただ自分の欲求を満たそうとしているだけなんて、魂を腐らせるだけの所業よ」

「腐ってなんかいない!」

「誰かに怒りをぶつけることは理解できるわ、大切な人の命を奪った相手に対して憎しむ気持ちも当然に理解できる。けれど、それだけだったわけじゃないはずよ。聞くべき言葉はあったでしょう。例え、自分の憎しみを正当化できなくなったとしても、耳を傾けて、自分を救い上げようとしていた声はあったはずよ」

「それは……」

 メルトリリスが何を言っているのか心当たりがないわけではなかった。スノーホワイト、自分が喪った大切な人と全く同じ姿をして、同じ声で話す彼女。けれど、その出で立ちも行動も自分が知っている彼女とは全く違う相手。何度も何度も僕の行動を邪魔して、何度も何度も聞こえのいい言葉を発してきた相手。

「折れそうになっても諦めそうになっても、歯を食いしばって貴方の前に立ち塞がったこと理解できないほど馬鹿じゃないんでしょう」

「小雪は……スノーホワイトはあんなことは言わない。小雪はもっと臆病で、誰かを傷つけることなんてできなくて、泣き虫で―――僕が守ってあげなくちゃいけない相手だったんだ」

「だから、自分よりも強い女の子になっちゃった小雪のことは認めたくないの?」

「ふざけるな、僕は――――僕は……」

 小馬鹿にするように告げられた言葉に対して違うと理由をはっきり口にしようとしているのに、驚くほどに反論の言葉が口から出てこない。

まるで彼女が口にした言葉が真実であるかのように、心の奥底に眠っているうすら寒いほどの感情が、蓋をしていたものが顔を覗かせようとしていた。

「自分が守らなくちゃいけないと思っていた相手が、倒そうと思っていた相手を守ろうとしている。守らなくちゃいけないと思っていた相手が、自分より強かった。

そんなことになってしまったら、自分のやってきたことが無駄になる。何もかもを捨ててでも戦ってきたことが嘘になってしまう。そんな風に思ってしまうんでしょうね。だから、認めたくなかったんでしょ、小雪のことを」

 スノーホワイトと再会した時に最も驚いたのは彼女が戦うことができるようになっていたことだった。

誰かと戦うことなんてできなくて、ルーラたち相手に襲われても、歯を食いしばって恐ろしさが立ち去るのを待つことしかできていなかったはずの彼女が、武器を握って戦う姿を見せられて、思わず、ありえないという思いが重なった。

 お前は小雪じゃない、偽物だ。だって、小雪が武器を握ることなんてできるはずがないんだからと、自分に必死に言い聞かせるように口が開いていた。

 スノーホワイトという魔法少女が二人もいるはずがないと言うのに、もしも、そんな相手が出現したとしたら、もっと他にかけるべき言葉はあったはずなのに……少なくとも、ラ・ピュセルという魔法少女は問答無用に相手を否定して斬りかかろうとする魔法少女などではなかったはずだ。

 二度目の戦いの時に戦闘の中で告げられた言葉はどこまでも姫河小雪からの言葉であることは分かった。

彼女が求めているのは僕を倒す事でも、僕を騙す事でもなく、ただ、憎しみの心に凝り固まってしまっている僕を助けたいと言う純粋な想いだけだと言う事も痛いほどに伝わったというのに。

それを全く知らないような素振りを示して、彼女に怒りを向けたのは、それを受け入れてしまったら、もうダメだと思ってしまっていたから。

 彼女と戦い、彼女を追い詰めても、満たされるはずもない。だって、戦っていること自体が逃げているだけなのだから。何もかもが無駄だったとしても、自分が必要としていた相手と真実の意味で向き合う事が出来たのだとすれば、もっと簡単に話は解決していたかもしれないと言うのに、自分の中に生まれた虚栄心や怒り、憎しみを肯定しようとする心、自分はこの事態の中で何かできたという証明を求めようとする心が何処までも、ラ・ピュセルが本来するべき行動を阻害し続けている。

「僕はただ、小雪を助けたかっただけなんだ。だけど、それもできずに小雪に負けてしまったら、そんなに小雪が強くなったら、僕は――――」

「――――価値がないとでも言うつもり? はぁ、此処まで来ると本当に潰してすり減らしてやりたくなるわ。強くないから必要ない? そんなわけないでしょう、あの子が、どんな気持ちであそこまで強くならなくちゃいけなかったのか。どれだけのものを失って、辿り着いたことなのか、少しは理解しようとしなさいよ!!」

 どんな気持ちで……。言われて確かにそうだと思う。例え、彼女は自分がこの街で起こった惨劇を経験したと言っていた。思い返せば口ぶりからして、僕がいない中でずっと戦ってきたんだろう。 

 僕は死んだのだろうか、僕は彼女を守れたのだろうか。わからない、わかることは彼女が強くならなくちゃいけない状況に晒されてしまったと言うこと。武器を握ることもできなかった彼女が、声を上げて怒りのままに戦う存在に対峙できるほどの存在へと変貌してしまったこと。

 それをありえないと何度も口にしてきた。だが、逆に有り得ないと思うほどの何かが彼女に起こっていたのだとすれば、そこに至るまでの道のりはどれほど険しいモノであったのだろうか。

 憎しみに心を奪われて、これまでに大切にしていた者の総てを放り投げて、それでも此処までにしかたどり着けない自分を想えば、彼女の強さがどれだけの時間と苦難の先に得ることが出来たのかは計り知れない。

 単純なモノじゃなかったはずだ、進み続けるだけで良かったわけではない筈だ。何度も何度も今の自分のように崩れかかって、それでも捨てられない何かがあったから、あれほどの強さを得ることが出来たはずだ。

「強いとか弱いとかそんなことじゃないのよ、男はそれを自分の価値のように語るかもしれないけれど、そんなの何にも分かっていない。

恋をして、意地を知った女の子はそれだけで強いの。強さなんて求めちゃいない。ただ、欲しいのはそこにいてくれると言う当たり前だけ、それだけで、そんなものだけで―――私たちはどんな断崖だって、飛び越えることができるの」

「………………本当は、わかっていたんだ」

 自然と、ポツリと言葉が口から洩れた。メッタメタに叩きのめされて、結果として口からは何の虚飾もないただありのままの言葉が出ていた。

「小雪で間違いないなんて分かっていたんだ。でも、認められなかった。認めたくなかった。小雪がいることが分かったら……この胸に抱いた復讐心も何もできなかった無力感も全部全部無くなって、いなくなってしまった小雪のことを忘れちゃうんじゃないかって。小雪を失った自分の今を認めてしまいそうで……」

 抑えつけて、総てを虚飾で乗り越えようとしても、結局のところはそれがいつまでも続くはずもない。叩きのめされて、魔法少女でもない誰かの前だからこそ、零れる弱音もある。きっと、小雪を前にして戦っていたら、この弱音は口に出来なかった。

彼女の前でだけはどんな形であったとしても、強い自分でいたいと言う気持ちを裏切ることだけは出来なかっただろうから。

「バカね、忘れるはずがないじゃない。そんな簡単に忘れることができるもののために、誰かを否定できる奴なんていない。忘れたくても忘れられないからこそ、瞬きほどの刹那であっても、人は何かに全力を尽くすんじゃない。不器用な所まで似ているんだから、ええ、幻滅はしたけれど、認めてあげる。お似合いと言えばお似合いよ、貴方たち」

 不思議と身体が軽くなったような気がした。或いは心だろうか。ずっと胸の中で燻っていた何かが自分の中から離れ、霧かかっていた視界が徐々に晴れていこうとしている。

「どうして……」

「私は別に何もしていないわよ。そもそもキューブに保存されているだけの今の私に何かが出来るはずもないし、もしも何かが変わったのだとしたら、それは貴方が自分を取り戻しただけなんじゃないの?」

「自分を、か……」

 何かが変わった気もしない。ただ、今なら、さっきよりも素直な気持ちで彼女の前に立てる気がする。

これまでに何度も何度も酷い言葉を浴びせてきてしまった。今更許してもらえるかもわからないけれど……、だからって蹲っているだけというのは嫌だった。

 だってそうだ、本来だったら絶対にありえない筈の再会を得ることが出来たのに、ようやくちゃんと話すための勇気を持つことが出来たのに、ここにいるだけなんてことはできない。

「………ありがとう」

「いらないわよ、そんなもの。これはただのお節介、いじらしくもどかしい気持ちで一杯だったから、ちょっと手を出してしまった。そんな程度の話しに過ぎないんだから」

 そう語るメルトリリスの表情はとても穏やかだった。苛烈にラ・ピュセルを攻撃し続けてきた彼女と同じ人物であるとは思えないほどにその表情は、静かな喜びに満ちていた。

 ただ、そのような表情を見ていることも長くは続かなかった。キューブと呼ばれた空間そのものが軋みを上げ始め、この世界として存在すること自体に耐えられないかのように徐々に崩壊を始めようとしていたのだ。

 世界の崩壊と彼女自身が光の粒子へと変わっていき、二つの意味で役目を終えたかのようにこの場限りの出会いは終わりを迎えようとしている。

「これで役目もおわりね。このキューブがどうなるのかはわからないけれど、派手に暴れてしまったし、もう二度と出番はないかもしれないわね」

「……よかったのか、それで」

「良くはないけれど、構わないわよ。親友(・・)の為に肌を脱ぐのもそれはそれで悪くない。勘違いしないでほしいけれど、貴方のためじゃない。小雪のためよ」

 メルトリリスは照れ隠しをしながらそう伝える。そこに込められた感情は罵倒の意味ではなく親愛の意味があること、それくらいはラ・ピュセルにも分かる。

きっと、自分の知らない小雪は、その預かり知らぬところで彼女たちと絆を育んできた。どんな形であるのかはわからないけれども、きっと彼女もまたスノーホワイトという魔法少女に何らかの形で救われたんじゃないだろうか。

 ここまでお節介を焼いてくれるような相手がいること、それ自体が例え、異なる世界であったとしても、姫河小雪という存在に変わりがないと言うことの何よりの証明になるのではないだろうか。

「そうだ、小雪に会ったら、伝えておいてもらえないかしら」

「……なにを?」

「別に難しいことじゃないわ。伝言よ。私は意地を通した。今度は貴女の番じゃないの?ってね」

「意味がよくわからないんだけど……」

「イイのよ! 私たちの間でだけ伝われば! それも何? 自分が知らないことを知っている相手がいるのが気に喰わなかったりするのかしら?」

「そんなことないだろ、そんなの本人に聞けばいいんだから!」

「……そうね。それが言えるのなら、もう心配はないんじゃないの?」

「あ……」

 これまで頑なにスノーホワイトと何らかの対話をすることを拒絶する姿勢を崩さなかったラ・ピュセルの口から本人に聞くと言う言葉が出てきたこと、咄嗟の言葉である以上、それが虚飾によって生み出されたことでないのは確かだろう。それを聞いたことによって、今度こそ、メルトリリスは自分の役割が終わりを迎えたことを理解した。

「良くも悪くも貴方が鍵よ。小雪が勝てるかどうかの。だから、自分を卑下している暇が合ったら必死に頭を使いなさい。そして、教えてやりなさいよ、自分を放置していたことが、負ける理由になったんだって、はっきりとね」

 最後にエールを送るように言葉を残して、メルトリリスはこの世界から消失し、ラ・ピュセルもこの世界から解放された。

 何が起こったのかわからない。まるで夢を見せられているかのような気分で、最初に出会った時と何ら変わりない様子で自分を見下ろしているBBが先に口を開く。

「やるべきことは分かっていますね?」

「なんとなくだけど……」

「結構です。では、今日はゆっくり頭を休めて、言うべきことを決めていくように。ビシッと決めないと、仲直りは出来ませんからね、これ、恋愛の基本ですよ!」

「そ、そういうのを求めているんじゃないから!」

「ではでは♪」

 などと、ラ・ピュセルの話など聞く耳も持たないとばかりの態度を浮かべて、BBはその場から姿を消してしまった。はた迷惑というか騒がしいと言うか、なんともよくわからないままに、終わってしまった。

「静かだな……」

 空を見上げる、月があった。当たり前のように。ただ、それを当たり前であると感じるのは随分と久しぶりのような気がした。

怒りの炎の象徴であった黒い気配は既に消え去っている。まるで、何かの気の迷いであったかのように……。

 だけど、あれが気の迷いではなく、やはり自分の中から浮かび上がった感情であることは誰よりも自分が知っている。

 だからこそ、まずは自分の中で整理をつけようと思う。自分がどうしたいのか、何をするべきなのか、はっきりとそこに見切りをつけることが出来れば、きっと先へと進むことができるはずだから。

「………小雪」

 きっとその時には告げるべき言葉も見つかっているはず。そう思う事が出来たのだ。

 

――空想断絶都市N市・雑居ビル――

「ふぅん、そうかい。ルーラは結局生き残ったのかい」

『スイムスイムは間違いなく、ルーラをやると思っていたぽん。そうなれば、他の魔法少女たちを次々と潰してくれると思っていたんだけど、ちょっとばかりファヴの勇み足だったぽんね~』

 雑居ビルの一室、豪勢な調度品が置かれている、いかにも成金趣味な部屋の中でソファに寝そべりながら電子妖精ファヴの言葉をカラミティ・メアリは耳にしていた。

 スイムスイムがルーラを裏切るつもりでいると言う話を聞いた時はなかなか面白い話をしてくるものだと思っていたが、結局の所、それも期待外れで終わったと言う所だろうか。確かにあのチームはルーラによって支配され、ルーラによって保たれている所が多分にあった。それが崩れればどうなるのか、少しばかり見たいと言う気持ちもなくはなかったが、カラミティ・メアリは別にどうということはないと思う。

「構わないさ。殺す相手が一人増えただけに過ぎないんだろう?」

『ファヴとしては在庫一掃セールをしてくれるのは大歓迎ぽん。どーせ、放っておいてもマスターが殺し尽くしちゃうのなら、他の魔法少女がやってくれた方が展開にメリハリが出来て楽しいぽん♪』

「くっく、魔法少女の生き死にもあんたたちにかかればメリハリがどうこうとかそういう話になっちまうわけかい。いいねぇ、そういう展開は実にあたし好みだ。

 カラミティ・メアリをイラつかせるなってね」

 メアリは実に機嫌が良かった。お利口さんにマジカル・キャンディを集めるなんてことをしてくれていたら、自分はいずれ脱落していたかもしれない。きっと、誰もが銃口を開かなければそれを実行していたのは自分だろうと言う確信はあった。

 それを、他の魔法少女が自ら起こしてくれたのだから感謝しかない。その喜びを表現するためにも、ルーラ陣営を皆殺しにするのはぜひ自分に任せてもらいたいところだとメアリは考えていたところだ。

『マスターはカラミティ・メアリの行動は総て本人の考えに任せるとおっしゃっていましたぽん。もしも、他の魔法少女で満足できないようなら自分が相手になってもいいと』

「あっはははは、それはいいけど、願い下げだねぇ。あたしは別に最強になりたいとかそんな気持ちはないんだ。自分の愉しいようにやりたいだけ、クラムベリーなんかと戦ったら死んじまうかもしれない。そんなのは、ごめんだねぇ」

『残念ですぽん。では、ルーラたちを倒したらスノーホワイトの事もお願いしたいぽん。そろそろちょっと目障りになってきましたぽん』

「別にいいよ、武器を握って戦うようになったスノーホワイトってのも気になる所だからね」

 メアリは笑い、ファヴも自分の思い通りに動いてくれる魔法少女の姿に内心笑みが零れる。クラムベリーは面白くないと思うかもしれないが、カラミティ・メアリが暴れてくれればクラムベリーが虐殺する魔法少女も少なくなる。

どうせ、クラムベリーはメアリを殺すのだから、暴走した魔法少女によって多くが犠牲になったというシナリオを生み出しやすくなる。

(ま、魔法少女選抜試験の監督役をやるってのも楽じゃないんでね、お前には精々暴れまわってもらって、いい感じに散ってもらう役目をお願いするぜ、カラミティ・メアリ)

 どうせ、最後には自分とクラムベリーが嗤うのだとファヴは分かっている。その過程の中でどれだけの魔法少女が犠牲になったところで知ったことではないと考えているのだから救えない。

 ルーラとメアリ、そのどちらが勝ったところで心底どうでもいいと思っているのだ。最後にはクラムベリーが勝利する。それだけが絶対の事実として存在しているのだから。

 

・・・

 

「ふふ、いよいよ終わりが近づいてきましたかね。もっとゆっくりじっくりと楽しめるかとも思っていましたが……、スノーホワイトの悩める姿がたくさん見れたことは良かったと言うべきでしょうね」

『あんたもイイ性格してるよね~、正直な所、最初からこうなるって分かっていてクラムベリーを焚きつけたんじゃないの?』

「まさか、まさか。私としてはクラムベリーがもっとスノーホワイトや他の魔法少女を警戒して行動するものだと考えていましたよ? まさか、自分が別の世界で死んでしまった事実を聞かされても、それでも自分の欲望を優先するとは考えていませんでした。素晴らしいですねぇ、その欲望の強さはさすがは魔法少女という所です」

『嘘ばっかり、本気でクラムベリーが警戒するようになったら、あんたのお気に入り死んじゃうでしょ? そうならないように手駒も増やした癖してさ。それで、そんなことが口からポンポン出て来るんだから、性悪ってのはほんと嫌だよねぇ』

「ふふ、お褒めの言葉と受け取っておきますよ。貴女にもご迷惑をおかけしているという自覚はあるんですよ、本当は私は貴女にとっての護衛対象でもないと言うのに、ここまで一緒に来て下さったんですからね」

『クライアントからの命令だからね、別にアンタを助けてやる義理は言われた通り、何にもないけど、その代わり、結構いい金額を弾んでくれるって話しだからさ。結局のところは金だよ、金』

「危なくなったら助けて下さいね。お金の為に」

『貰える金の範疇であればね』

 軽快な会話を交わしながら、フレデリカは自分の背後で人知れず育っていくそれを見て微笑を浮かべた。リンボより話しを聞かされた時には正直な所、半信半疑という所ではあったのだが、こうして見てみると、中々変化が見て取れるようになっていて、面白い。

 これがあくまでも試作型というのであれば、ルチフェロなりしサタンと呼ばれたそれが顕現させる本物はどれほどの力を発揮するのだろうか。

 フレデリカ自身は世界の運命や流れと言ったものはどうでもいいと考えているが、純粋に個人の興味としてはその行く先を見届けたいと思う。

「幸運なのかもしれませんね、私は」

 ろくでもないことに手を染めて、世の中のクズと罵られてもおかしくない行動の果てに、今度は世界の行く末を見守る側へとシフトしてしまったことが実に皮肉が効いていると思う。多くの魔法少女たちは自分の願いに基づいて動き、世界の流れなど関係なく死んでいく。フレデリカだって自分自身はそんな存在であると、これまで考えていた。

 それが今やこうなのだ。人生万事塞翁が馬―――であればこの苦悩に満ちた世界の中でスノーホワイトが何を選ぶのかもまたどんな結末に行き着くのかはわからないだろう。

(この世界はきっと、貴女にとって苦しみばかりの世界であったはず。けれど、それでも掴んだなにかもきっとあったはずです。それを見せていただきましょう。このまま何もなしで終わるようなことはありませんよね?)

 その時はきっと遠くない。その遠くない時に想いを馳せて、最後の戦いへ向けての膜は切って落とされようとしていた。